テーブル上

サイキンノテキスト
テキスト

 ■[ Books ] 2006/07/05 [ Wed ]



☆なぜ、占い師は信用されるのか [ 石井裕之 ]
なぜ、占い師は信用されるのか?

かなり前に読了したのに今まで感想を書き損ねてました。話術や心理術におけるテクニックを紹介した読み物です。作者の石井氏はテレビでもたまに見かけますね。本書では占い師などが自分を相手に信用させる際に使う対人テクニックを丁寧に解説してくれています。

実際にそれが使えるテクなのかどうかは別としても、読み物として非常に楽しく読めるような文章で書かれているのであっという間に読み終わりました。この人はとてもわかりやすくて魅力のある文章を書く人だと思います。

本書で紹介されているテクニックそのものも興味深いものが多く、試してみたくなるものばかりなのですが、それが単なるマニュアルになっているのではなく、『読み物』として楽しく読めるように書かれていることが本書の大きな魅力だと感じました。

この手の本は星の数ほど出版されているけれど、読み物として魅力のある文章でないとやっぱり途中で読むのが面倒くさくなるんですよね。だけれど、本書は最後までとても楽しく読むことが出来ましたよ。こういう読みやすい本は通勤通学の電車の中で読むには丁度いいね。
テーブル下


 ■[ Books ] 2006/07/05 [ Wed ]



☆変身 [ 東野圭吾 ]
変身

いやー。これは面白かった!

平凡な青年がある事件に巻き込まれて頭を銃で撃たれるも、脳の移植手術によって奇跡的に回復。しかし、青年は脳の提供者のものと思われる別の性格にじわじわと支配されはじめる。一体ドナーは誰なのか。そして青年は自分自身を失ってしまうのか。という感じの物語です。

ドナーが誰かというのは序盤の段階で見当がつきます。そこから少し読み進むと『見当』が『確信』に変わります。つまり謎が簡単に先読み出来てしまう。けれど、本作ではそこがミソなんですよね。あえて見当がつくように書かれているんです。

誰がドナーなのか、という犯人探しの要素は本作のメインテーマではないのです。ドナーが誰なのかという謎の部分はあくまでも読者を本作のメインテーマに引き込む為のキッカケに過ぎない。あえて謎を先読みさせて、『予想通り』の答えを用意し、そこから先に興味を持たせるように仕向けている。ものすごく計算して物語が作られています。

主人公である成瀬純一は脳の移植手術のあと、どんどん性格が変わっていきますが、脳の提供者にのっとられるというのとはちょっとニュアンスが違います。成瀬純一という人物の『性格』が変わっていくだけです。彼はその性格の変貌に自分自身も気づきます。

以前とは違う考え方や行動をしてしまう自分に気づき、それを不本意に思う部分があるにもかかわらず、心の奥底にある『本音』の部分が変わっていく自分に愕然とし、どうにか食い止められないかともがき苦しみます。そんな彼を通して、自分自身とは何か、自分らしさとは何か、生きるとは何かを問うのが本作のメインテーマです。

ラストは非常に切ないモノですが、何故か後味はそんなに悪くない。非常に複雑な心境にさせられつつも何処かで『これで良かったのかもな』と思わせてくれる。本作は最初から最後まで完璧に計算されて書かれた傑作だと思います。

ちなみに本作は映画化されてるけどそっちの出来はどーなんだろーなー。原作がこれだけ完璧だと見るのが怖いなぁ。
テーブル下


 ■[ Movies ] 2006/07/10 [ Mon ]



☆『DEATH NOTE前編』 - 2006年6月17日(土)全国ロードショー
 鑑賞日:2006/06/24
 観賞場所:T-JOY大泉(レイトショー)

デスノート前編

少年ジャンプに連載されていた超人気漫画の実写映画化。

退屈していた死神がわざと人間界にデスノートなるモノを落とし、それをたまたま拾った人間がどういう行動をするか見守る。死神は退屈しのぎにそんなことを思いついた。

デスノートとは死神が人間を殺すときに用いるノートで、それに名前を書かれるとその人間は死ぬという代物。ノートには様々なルールがあり、それにしたがって死因などを書くことにより死に方まで操作出来たりする。

それを拾った夜神ライトという青年は犯罪者を殺すことによって、自分自身が世の中を犯罪の無い世界に変えることを思いつく。そして彼は犯罪のない新世界の神となる為に次々と犯罪者を殺していく。しかし、何かしらの方法で人為的に犯罪者が殺されていると察知した警察が謎の探偵『L』と共に犯人の捜査を始める・・・・・。

という感じの物語。

ハッキリ言ってノートに名前を書いたらその人間が死ぬ、という発想は実に幼稚です。いかにも小学生くらいの子供が考えそうなアイディア。それはドラえもんの便利道具に発想が似ていると思う。幼い頃、子供心に『こんなことが出来る道具があれば良いのに』と想像したことのある人は少なくない筈。

この物語の原作は実に幼稚で単純でありきたりなアイディアをスタート地点としながらも、今までにない角度からそれを描いたことから爆発的にヒットしたのだと思います。

多くの人をひきつけるモノは、実は非常に身近で単純なモノであることが多いです。音楽なんかもそう。名曲と言われ長年親しまれる楽曲は非常にシンプルでわかりやすいモノが多い。ロックで言えばビートルス、ニルヴァーナなんかもシンプルなのに素晴らしい。

多くの人を魅了するモノの題材はとんでもなく遠いところから見つけてくるのではなく、足元にずっと転がっているモノをヒョイと拾い上げることから始まると思うのです。そしてそのありきたりなモノをいかに料理するか。そこが名作か凡作かの分かれ道になるんじゃないかしら。

デスノートの原作は見事に名作として多くの人に支持を受けた。そして、勇敢にも実写映画にしちゃったというのが今回紹介する『デスノート前編』です。

ここまで長い前置きをしておきながらこういうのもナンなんだけど、俺は原作のファンではありません。7巻くらいまで買って読んだんだけど説明的なセリフが多すぎてだんだん読むのが面倒くさくなってしまいました。その後は漫画喫茶で最終巻の手前まで斜め読みして結末はジャンプで確認。つまり途中からあまりちゃんと接してません。

原作の中で登場人物が語るセリフには日常的な会話や、その人物の生い立ちを匂わせる自然な言葉というものがあまり無く、警察側と主人公側が事件に関わる駆け引きやトリックなどを説明する為のセリフが滅茶苦茶多い。俺にはそれが読んでいて辛かったのです。

完全に好みの問題だけど、俺が個人的に物語を見たり読んだりする場合、物語の本筋部分とは別に世界観を深める為の余分な言葉や展開がそれなりに存在していないと感情移入出来ないことが多いのです。

俺個人の好みとして物語を楽しむためには、本筋を語るだけなら無くても意味が通るけど、それがあることによって本筋がより深いものとなるという『サイドストーリー』的なモノが絶対に欲しいんです。

デスノートの原作にはそれがあまりない。というか、あってもあまり重視されていない。それでなんかシックリこなかったんです。良いとか悪いとかじゃなく好みの問題で。

で、連載漫画のようにある程度のボリュームで描かれている物語だと確かに前述した要素が無いと入り込めないんだけど、映画という短い尺の中で展開されれば逆にテンポが良くて面白いんじゃないだろうかと期待して映画館に行きました。

その予想は割りとあたってました。この映画はそれなりに面白かった。『L』のなりきり具合もなかなか良かったし、死神もアップになると激しくCGだけど引きで見ると意外といけてる部分もあったし。夜神役の藤原君は個人的に好きな役者では無いけれど悪くなかった。漫画っぽいセリフの言い回しは気になったけど原作が漫画だから仕方ない。

あと、夜神の犯行動機がイマイチ描かれていないのが腑に落ちないという意見をネットで結構見たんだけど、原作だってそんなもん大して重視して描かれていないじゃん。だから本作は原作の序盤を多少のアレンジを加えながらも基本的な部分は原作通りに作られているといって良いでしょう。

無理して2時間に全部をおさめようとせずに前編と後編に分けたのは正解。展開がそれなりに丁寧に描かれているので置いてきぼりにされる場面はありません。後編の公開まで結構間があくのはつらいけど、この前編は後編が公開されるまでを楽しみに待つだけの魅力は備わっていると思います。

後編はどう持っていくんでしょうね。原作のようになんの工夫も無く普通にライトが敗北して死ぬところまで描くのか、それとも『L』との対決までを原作に沿って描くのか。とりあえず原作の終わり方は面白くもなんとも無かったので同じような感じにはしないで欲しいなぁ。映画では『L』が勝てばいいのに。

あと、後編では前編でのあまりにも酷いエキストラの演技を何とかして欲しいですね。ホント、この前編でのエキストラたちの演技は限度を超えた酷さなので本編の悪くない流れが壊されていてもったいないよ。FBIの外人たちの死ぬときの演技はふざけているのかと思うくらい酷いです。デスノートの怖さを表現しなきゃいけないのに笑わせてどうするよ。もうちょっとマシなヤツらを連れて来い。

そんな感じで後半も楽しみなのでまた見に行くと思います。
テーブル下


 ■[ 雑記 ] 2006/07/12 [ Wed ]



誰かにかまってもらいたい。誰かに励ましてもらいたい。そう思いながら悲劇の主人公を気取る。そして期待通りの言葉をかけてくれる人が現れたら満足かい? それで安心かい?

『明日はがんばろう』。わざわざ他人にそれを宣言して、今日はダメだったけど本当は頑張る気があるんだよとアピールしていて満足かい? それで安心かい? それを宣言すれば本当に他人が気持ちをわかってくれるなんて思っているのかい?

自分がダメ人間であることを自覚しているとわざわざ他人に宣言する行為は本当にそれを自覚している者の行為だろうか。そんなことをするのは心の何処かで『自分はやれば出来る子。ただ今はちょっと出来ないでいるだけだ』と思っている証拠ではないのか。何処か自分に根拠の無い『希望』を持ち続けていたいだけじゃないのか。

だからわざわざ『明日は頑張る』と今日出来なかったことを言い訳する。悲劇の主人公を気取って励ましてもらおうとする。出来なかった事実を『そういうこともあるよね』と他人に擁護してもらおうと励ましの言葉を期待する。

自分のダメさ加減を本当に認めているのなら言い訳などする必要が無いはずだ。励ましてもらおうなんて虫のいいことを期待したりはしない。

本当に一歩前に進みたいのなら、自分自身のダメさ加減を一度心底認めなければならない。正面から受け止めなければならない。そしてその事実を心から悲しまなければならない。そして『明日』ではなく『今すぐ』に何かしら行動しなければならない。

『やれば出来る子』? 出来る子っつったってそれは『やれば』という前提が必要なんだろ? 『やること』自体が出来ないのなら結局『出来ない』と同じだろ?

そもそも本当に『出来ない』のか? 『出来ない』のではなく自分の意思で『しない』だけなんじゃないのか? それを心の何処かで『したいけど出来ない』と正当化しようとしているだけなんじゃないのか?

『希望』を持って行動することは大切だと思うけれど、行動しない腐った自分に『希望』を残しておきたいと願うのはクソだ。それをやめなければどんどん腐っていくばかり。
テーブル下


 ■[ 雑記 ] 2006/07/17 [ Mon ]



ああー。どうも。相羽ですけど。

今日さ。愛犬和尚の背中に毛が薄くなっている部分を発見してさ。その部分を見たらちょっと赤くなっているのね。肌が荒れちゃってるみたいなの。

とても心配だったからもっとよく見ようと思ったんだけど、当の本人は、押すと音が出るゴムボールみたいなおもちゃをかじってピョコピョコ言わせながらウロウロするので中腰で追いかけながら患部を見てたの。

そしたらテーブルのカドに思いっきり頭をぶつけました。

あまりの激痛に頭を抑えながらその場に倒れてしまいました。そんで、和尚は飼い主である俺が倒れてしまった時に果たして助けてくれるのだろうかと思いそのまましばらく倒れたまま動かずにいたんだけどさ。

いくら待っても。

遠くの方でピョコピョコおもちゃの音が移動しているだけでした。

俺のことなど完全無視。おもちゃをくわえたままピョコピョコ言わせて部屋をウロウロして遊び続けていた和尚。なんてヤツだ。
テーブル下


 ■[ Books ] 2006/07/26 [ Wed ]



☆龍は眠る [ 宮部みゆき ]
龍は眠る

これの前に読んでた東野圭吾の『変身』に引き続きこれもまた面白かった! 最近読んだ本はダヴィンチコードがダメだっただけでそれ以外は当たりが続いてるのでうれしいです。

本作は『模倣犯』、『ブレイブストーリー』でおなじみの売れっ子作家、宮部みゆきのかなり前の作品です(1993年)。物語は超能力を持っている少年二人の苦悩を雑誌の編集者である高坂という男の視点を通して描いた作品。

物語の序盤で『サイキック』だの『サイコメトリー』だのという言葉が出てきて一瞬読むのを止めようかと思ったんだけど、登場人物の心理描写の巧みさ、物語の組み立て方の巧みさによりすんなり世界に引き込まれてしまいました。そしてそのまま最後まで飽きずに楽しんで読めました。

この作品において超能力を持った二人の少年は決してヒーローではありません。彼らが持っている超能力は人の心を読むという能力です。そして聞きたくなくても相手の本音が聞こえてしまうことの恐ろしさに苦しみながら生きている弱い存在。

一人はその力を人の役に立てたいと考えていて積極的に行動しようとしていますが、もう一人は逆に自分の特殊な力の危険性に怯えながら出来る限り人と関わることを避け、その力の存在を隠そうとしています。

とてもウマいなと思ったのはその二人の対比の仕方と心理描写です。超能力という非現実的なモノを題材にしながらも、地に足の着いた表現力を駆使してリアリティーを失うことなく二人の超能力者の心理を描ききっています。

本作において語りべの役割を果たしているのは高坂という雑誌記者。彼の目を通して語られる二人の対称的な少年の心理描写に加え、その高坂自身の心理描写も秀逸。さらに高坂と少年二人が徐々に巻き込まれていくある事件の描き方も非常にうまい。

その事件の犯人は『予想通り』の人物ではあるのだけど、複数の人物がかかわるその事件を通して主要人物の心理が複雑に絡み合い破綻することなくラストでしっかり収束する。とにかく描き方がうまいので超能力というSF的な題材を持ってきているのに凄く現実味を感じるんですよね。

本作は10年以上前の作品だけれど今からでも多くの人に読んでもらいたいと思う傑作小説だと思います。これは本当に面白い。
テーブル下


 ■[ 雑記 ] 2006/07/30 [ Sun ]



あははー。なんか携帯ゲーム機に懲りだしちゃってかなり頭の悪いことになってきました。ニンテンドーDSライトが4色4台。旧型が1台。そしてゲームボーイミクロとゲームボーイアドバンスSP。さらにPSP。ニンテンドーDSが新旧で5台もあるよ。頭悪いぞ。

けど、そのおかげでクラブニンテンドーのポイントが500ポイントに達したよ。それを使ってマルチスクリーンのゲームウォッチがDSで遊べるという感動的なソフトに交換することにしたよ。

これは完全に非売品なので後々にスゲープレミアがつくんじゃなかろうか。もう申し込みは済んだので後は届くのを待つのみ。届くまで3週間かかるらしいので手に入るのはまだ先だけど今から楽しみ。

ちなみにグリーンハウスは子供の頃に買って貰って、それを今でも動く状態で持ってます。物持ち良いんだよね俺。



DSライトいっぱい。
テーブル下
テーブル下
メニュー

■All log

  2006年7月



テーブル下

一個前のページに戻ります。

ホームページに戻ります。

テーブル