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矛盾 NEO - 2003/05/03 [Sat]

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俺には矛盾したところがある。あくまでも自分で自覚している部分のみの話であるが。


例えばこうだ。自分がウザったいと感じる人が、俺のことを妙に慕って来て仲良しであると勘違いし付きまとって来たとする。すると俺は露骨に嫌な顔をしたりするところがある。そして相手がその雰囲気を察し俺の元から去って行き、他の人たちと仲良くしている。本来ならウザったいヤツに付きまとわれなくなったわけだから喜びそうなもんだが、俺の場合は少し違う。今まではウザったいと感じていた人なのにいざ自分を慕って来なくなったら急に淋しくなる、というか嫉妬に近い感情を持つことがあるのだ。自分で突き放しておいていざ去っていくと急に名残惜しくなるというか。


とんでもなくワガママで矛盾した思考の流れである。しかし、正直に語るとそれが事実なのだ。


さらにこんなこともある。家族の誰かが食器か何かをいつもと違う間違った場所にしまってしまったとする。それを発見した俺は、単に勘違いして違う場所にしまってしまったのであろうことを理解しながらも、『何でこんなトコに置いてあるの? なんで? なんでこういうことするの?』とわざと意地悪な質問して相手を必要以上に嫌な気分にさせてしまうことがある。


間違ってるのに気づいたなら黙って直してあげるか、『間違ってるよー』と普通に指摘すりゃあ良いのにわざと意地悪をして『何故間違うのか』という理由を聞いたりするのだ。単に間違ったのだから理由なんか無いのを判っていながら。俺はそういうことをする自分が大嫌いだ。しかし何故かそういうことをしてしまうことがある。さすがに常にそうではないが、そういう意地悪をすることがあるのは確かだ。


相手が自分の意地悪で困る顔を見て少しイイ気味だと感じている時もあったりする。最悪だ。人への意地悪が良くないことで、尚且つそれは嫌いなことであると感じているのはウソじゃないが、その一方で困る人を見てほくそえんでいる自分がいたりする時があるのだ。自分の中での思考の矛盾が自分でコントロール出来ない時があるというか。


こちらのテキストで書いたように俺の座右の銘のひとつは『情けは人の為あらず』であるのだが、ここで書いたような自分の思考の矛盾は未だに解消できないでいる。いつも俺はその矛盾点を甚だ憎んでいるし、なんて嫌なやつなんだと自分で情けなく思っている。座右の銘が『情けは人の為あらず』だって? 自分のその矛盾したところをもう一度良く見てみろ笑わせるな、というもうひとりの自分が常にいる。しかし、『情けは人の為あらず』というのは大事にしたい言葉であると考えるのは間違いなく本音である。


・・・・考えれば考えるほど俺はなんと矛盾だらけの人間なのだろう。



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