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コンプレックス


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コンプレックス。


そう呼べるものを抱えて生きている人と言うのはこの世の中にどのぐらいいるのであろうか。それは俺には分からない。


そのコンプレックスがその人にとって大きければ大きいほど人には言えない事だからだ。本人が口にしなければ絶対に分からないコンプレックスも多くあると思う。


そのコンプレックスを必死で覆い隠しながら生きていくのはつらい事だろうか。それも俺にはわからない。いや、分からなかった、ある出来事に出会うまでは。


俺は友人と少しもめた事があった。


彼は一時期とてもいい加減で、無責任な行動を多く取っていた。それを端から見ていた俺はイライラ感が募り、ある時本人に俺の思うことをすべて打ち明けた。何故、そんないい加減で無責任な行動を取るのか、理由を言えと訴えた。


彼は、色々と理由を述べ、素直に謝罪したのであるが、俺としてはイマイチ納得がいかなかった。その理由と言うのがなんとなくボヤけたままだったからだ。とはいえ、自分の思うことをすべて本人にブチまけたことで、これで終わりにしようと思ってもいた。


それから時が流れ、酒の席で冗談っぽくその話になった。はじめは笑いながら話していたが、何かを決意したかのように、彼は自分の抱えている、とてつもなく大きく、そして辛いコンプレックスを俺に打ち明けた。涙を流していた。


そのコンプレックスと以前彼ともめた原因が繋がった。


ここでは詳しくは述べないが、その友人が抱えているコンプレックスがすべて今までの行動の根源にあったのが分かった。 俺が、いい加減で無責任に思えた彼の行動は、本人もそのコンプレックスが原因で苦悩の末に取ってしまった事であることが分かったのだ。


だから、俺が理由を言うよう求めた時、何かボヤけた返答が帰ってきたのだ。すべて理由を話してしまうと、そのコンプレックスの事も俺に知られてしまうから。彼としては、おそらくその時ギリギリのラインでの返答だったのだろう。


俺はそれまで、身近な他人の事で泣いたことが無かった。しかし、その時は涙が止まらなかった。本当に初めてだった。その時は酒が入っていたが、おそらくシラフでも涙は出ていたと思う。彼の苦しみがダイレクトに俺の中に入ってきたのだ。


それと同時に、俺は自分自身が彼の気持ちを考えていなかった事にとても憤りを感じていた。自分が情けなく思えた。それも涙が止まらなかった理由の一つであると思う。


人は中に覆い隠したい物がある時、それを必死で隠す。大きな壁を築きあげ他人に悟られないように隠す。その壁が大きくなりすぎると、自分自身すらも見失う。だからギリギリの所でそれを押さえ込む。その行為は大きな苦痛を伴うものだ。その苦痛に耐えられなくなったらどうすれば良いのか。


その時は壁に付いている小さな扉を開く。本人だけが触れる事を許される小さな扉を。他人に向けて。そうすることで、他人に少しだけ痛みを受け取ってもらう。


俺は彼のその扉を覗かせてもらったんだ。俺がすべて彼に言いたいことを言ったからこそ、彼は俺にその扉を覗かせてくれたのだと思っている。


土足でその扉に入っていってしまうような人間に、その扉は覗かせるわけにはいかない。俺はそんな事をしない人間であると彼に判断されたのだと思っている。


俺はそれを誇りに思う。そして何か大きな物をもらったような気がする。


他人の痛みを感じて、人間として一つ大きくなれたような気がする。



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