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男とハンカチ NEO - 2003/04/22 [Tue]

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僕は何も無い真っ白な道を歩いていた。


その道には石すら落ちていない。本当に白一色の純白だった。そして風景もまた純白だった。その純白は綺麗というには余りにも無機質でとても冷たかった。僕はそんな世界をただまっすぐ歩き続けていた。その無機質な世界を歩き続けてどのくらいの時間が経ったはわからないがとにかく長い時間僕は歩き続けていた。その退屈な風景に心底うんざりしていると、道の真ん中に真っ赤なハンカチが落ちているのが見えた。それはただの赤いハンカチだったが、今まで純白の世界にいた僕にはちょっとした驚きだった。


僕はその赤いハンカチのところまで走っていき、それを拾い上げた。一体これは誰のものだろう。この世界に僕以外の人間がいるのだろうか。僕はしばしハンカチを見詰めたまま立ち止まっていた。すると、突然低い声が聞こえた。ハっとして顔をあげると男が立っていた。男はボロボロの黒い帽子を深々と被り、ボロボロの黒いコートを着ていた。深く被った帽子のせいで男の顔はよく見えなかった。純白の世界に全身真っ黒な出で立ちの男。僕にはその状況がとても妙な物に思えた。


男は低い声で笑っている。そして僕にこう言った。


『その青いハンカチは私のものだ。返していただけないか。』


青だって? 僕が持っているのは赤いハンカチだ。僕はなんとも奇妙なことを言う男だと思った。そして僕は自分が持っているのは青ではなく赤のハンカチだと言いながら男の目の前にそれを差し出した。それを見た男は先ほどよりもさらに低い声で笑っているようだった。そして、『いや。これは青いハンカチだ。間違いなく私のものだ。』と言うと僕の手からそのハンカチをもぎ取るように奪った。


何を言っているんだこの男は。僕が今拾ったハンカチは何処から見ても赤だ。これが青であるはずが無い。僕は少し声を荒げて叫んだ。『これの何処が青なんだ! 僕をバカにしてるのか!? このハンカチは何処から見たって赤じゃないか!』。それを聞いた男は、先ほどとは違って大きな声を上げて笑いながらこう言った。『それが赤だって? ふざけているのは君の方だろう? これは青だよ。持ち主である私が言うのだから間違いない』。そして男は大声で笑い続けた。


男の高笑いを見ていた僕は何故だか急に不安になった。僕が見ていたハンカチは本当は青だったのだろうか? 赤だと思っていたのは僕だけなのだろうか? このハンカチが赤であるというのが唯一の事実だと思っていたのは僕だけなのだろうか。この男の目から見るとそれは本当に青なのだろうか? そんなことを考えながら、僕が言葉を失っていると突然男はピタリと笑うのをやめてこう言った。


『このハンカチは、赤であり、青であり、黄色でもある。』


そして男は忽然と消えてしまった。僕は男が消えてしまったあともしばらくその場に立ち止まって考えた。僕が唯一の事実だと信じていたこと。拾ったハンカチは赤以外はありえないということ。それを男は青だと言った。さらに赤でもあり、青でもあり、黄色でもあると言った。僕が唯一の事実だと信じて疑わなかったこと。僕が唯一の事実だと信じて疑わなかったハンカチが赤であるということ・・・・。それが赤でも青でも黄色でもあるということ・・・・。


僕は男が発した言葉を頭の中で繰り返しながら再び歩き始めた。



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