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何故だかわからない NEO - 2003/05/03 [Sat]

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うちの一家は昔、母親がやっていた洋裁店に家族みんなで住んでいた。その時はまだ母方の祖母が元気だったので家族は俺と兄貴、そして両親とその祖母の5人だった。これを書いている現在は別の家に引っ越しているし、祖母も亡くなってしまった。しかし引っ越した後もその洋裁店兼自宅だった家は売らずに残してあったので長い事空き家になって放置されていた。そして俺は、大学を卒業すると同時にその空き家だった家に移りしばらく独り暮らしをしていた。今回はそこでの一人暮らし生活の中での出来事をここに書いてみようと思う。


ある日、俺は夕飯を作り部屋に食事を持って行くのが面倒だったので台所に椅子を持ち込んでそこで食事をとっていた。台所で食い終えてしまえば後片付けも楽だからだ。すると、俺がひとりで飯を食っているこの台所で大昔に起きたちょっとしたエピソードが急に頭に浮かんできた。それは俺が小学生の時に亡くなった祖母のエピソードだった。台所で食事を済ませてしまうのはその日が初めてではなかったのに、何故かその日に限って急に思い出したのだ。理由は俺にもわからない。


それは俺がまだ小学校に上がる前のことだ。両親が留守の間に家に買い置きがしてあったパイナップルを発見した俺は、祖母に頼んでそれを切って貰おうと思った。そして優しい祖母は快く引き受けてくれてパイナップルを切って俺に食べさせてくれた。俺は特別おばあちゃん子というわけではなかったが、祖母は怒ったりは全くしないし我が強い人ではなかったので、祖母のことを好きか嫌いかと言われれば間違いなく好きだった。もちろんその時もいつもの優しい祖母だったのである。


しかし、母親が帰ってくると和やかだった家の雰囲気が一変した。母親が怒り出したのである。パイナップルというのは切り方の説明書が付いていて基本的にはその説明書どおりに切るものである。真ん中の硬い部分だけを取り除くように切る手順があるのである。祖母はそのことは知らずに適当にパイナップルを切っていたのだ。


俺としてはパイナップルを食べられたというだけで満足だったので切り方などは気にしていなかったが、母親はどうもパイナップルをメチャクチャに切ってしまいたくさんの実を無駄にしたのが気に食わなかったようですごい剣幕で祖母を叱りつけていた。『どうして勝手に切っちゃうの!』とか『決まった切り方があるのに!』とかって怒鳴っていた。その時俺は、子供心に『そんなに怒ることだろうか?』と思いながら、うつむいている祖母を黙ってみていたのを今でもよく憶えている。


そのエピソードを思い出した直後にもうひとつ祖母のエピソードを思い出した。それはもう新しい家に引っ越した後の出来事。祖母がひとりで留守番をしていたときに花束のセールスが家を訪ねて来たということがあった。人の良い祖母はそのセールスを断りきれずに花束を買ってしまったのである。そして案の定それを見た母が祖母を叱り付つけていた。『どうして勝手に花なんか買うの!? 高いのに!』とかなりの勢いで怒っていた。その時の祖母は、やはりパイナップルの時と同じように何も言い訳をせず黙ってうつむいていた。


優しい故に俺にパイナップルを切ってくれた祖母。優しい故に花を買ってしまった祖母。その祖母が新しい家に引っ越して数年経ったある日に倒れた。その時俺は小学校の4年生だった。その日は夏休みの真っ只中だったので少しゆっくりと起きた俺は自分の部屋から居間に降りていった。すると祖母が苦しそうに咳き込みながら母に背中をさすられていた。昨日まで元気だったのに急に体調がおかしくなったらしいのだ。そしてその二日後、祖母は亡くなった。


実は、祖母が倒れた日は父とプロ野球を観にいく約束をしていた日だった。俺は、祖母が倒れたことにより野球を観にいけなくなるのかどうなのか、ということばかりを気にしていた(もちろん野球はお流れとなったわけだが)。つまりその時の俺は、人の死についていまひとつピンと来ないでいたのである。その重大さを理解できないでいたのである。


台所で飯を食っていた俺は、そこまで思い出したところで急に胸が苦しくなった。なんだかとても悲しくなってきた。今ならばきっとあの優しかった祖母をもっとしっかりと送り出せてあげられたのではないか。何故あの時俺は野球のことばかりを気にしていたのだろうと後悔の気持ちが湧き上がってきた。もちろん当時まだ子供だった俺が人の死を実感できなかったというのは仕方の無いことなのかもしれないが、あの時、祖母を心から心配してあげられなかった自分がなんだかすごく憎たらしくなった。本当にごめんなさい、ばあちゃん。


でもね。俺はばあちゃんのこと大好きだったんだよ。それはホントだよ。


どうして祖母の死から十数年以上たったある日、突然そんなことを急に思い出したのだろうか。


自分でも何故だかわからない。



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