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The heart抜粋シリーズ6[2002/03/17 (Sun)] - 出口


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俺の事なんか何もわかってないくせに俺の事を勝手に評価するな、なんて言っても人がみてる俺だってホントの俺だし、自分がみてる俺もホントの俺だし、外行きの俺も俺だし、家にいるときの俺も俺。沢山の俺がいるけど全部俺。俺のホントの思惑が目の前の人に伝わらなかったとしても、それはそれでその人から見た俺という存在はその人にとっての俺であるわけで、それはそれで間違い無く俺なわけだ。100人の他人がいればそこに俺も100人いる。その100人にホントの俺をわかってる人は何人いるか? 俺の事をちゃんと分かってくれる人はいるのか? どうせ俺の事をわかってくれる人なんかその100人にはいない?


多分そういう問題じゃない。100人がみた俺は付き合いが浅かろうが深かろうがどれも俺であり、100人のそれぞれ一人一人にとってはそれが唯一の俺なわけで、どうせ俺の事なんか分かってくれないなんていうのはもうその時点で甘えている証拠。じゃあ、俺から見たあなたは? やっぱり俺の目を通して見るあなたは一人しかいないけど、俺以外にあなたに関わった人数と同じだけのあなたがいる。だけど俺が見る事の出来るあなたは俺の頭の中にいるあなただけ。あなたの中のあなたは俺には見えないし、俺は俺以外の人にとってのあなたを見る事は出来ない。結局は俺は俺の頭の中で処理したあなたにしか接する事が出来ない。


だけど自分の思惑をあなたに伝えたい時もあるわけで。『あなたがそう受け取ったならそれで仕方ない』って諦められない時もあるわけで。でも自分の思惑を一生懸命伝えようとしても、全然話が通じないなんて時はどうすれば良いんだろう。ハッキリ言って俺の身近な人達に自分の思惑を本当にわかって貰えたって思った事ってあんまりない。どうしてそんなに頑なに自分の意見を俺に押し付けるのかな?ってイライラする事も多い。どんなに些細な事でもイロイロもどかしく思う事がある。けどそれって俺の一人よがりな感情なんだろうなっていうのはバカな俺にもなんとなくわかる。だけど俺はバカだからそれでもイライラしたりする。


そんな時、相手は俺の言っている事をどう思ったんだろうって不安になる。何をバカな事を言っているんだって思われたのかって不安になったりする。そういう風に思うと俺以外の人達っていうのは他人にどれだけ興味があるのか知りたいって思う。自分と比べてどのくらいの違いがあるんだろうって興味がわく。自分に自信がある人っていうのはどういう風に他人の意見を頭の中で処理してるのかって凄く知りたくなる。自分の意見を言うときにその意見にどのくらい自信を持って言っているのか知りたくなる。


でもそんな事は無理。結局は俺は俺でしかないから、死ぬまで俺の頭の中でしか物事を処理できない。だからずっと不安なまま。話をしていても何処か相手を疑ってる。俺以外の人も自分の頭の中でしか物事を処理できないのだから俺の処理の仕方とは確実に違う。そんな風に思うと、どうせ他人とはわかりあえないって思ってしまう。そうする事で孤独を感じて人をドンドン信用できなくなって、他人の事なんかどうでもよくなる時がある。コイツはどうせ俺の事なんか理解できないし興味もないだろうから、俺もコイツの事なんかどうでも良いじゃないかっていう風に思い込む事でその孤独感を無理矢理自分で納得しようとする。


俺は基本的に他人を信頼していないのかもしれない。どうせ、俺の事なんか・・・っていう風に常に卑屈になっているのかもしれない。だから俺は俺のことが嫌いで、いつまで経っても同じところをグルグルとまわっているのかもしれない。そんな風になってしまったのはいつからだろう。もう随分と昔からのような気がする。だけど、グルグルとまわりながらも何処かに出口があるって、それだけは信じていないといけないっていうのはわかっている。


その出口の先にあるものは今の俺には皆目見当がつかないけれどね。



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