テーブル上

サイキンノテキスト
テキスト

 ■[ 雑記 ] 2007/05/01 [ Tue ]



こんばんわ。アイバですけど。

先日ボーナスが出ました。うちの会社のボーナスは何故か4月と年末なんです。今年度から夏冬になるらしいけど。そのボーナスが驚きの金額。なんと7桁。前の会社はゼロだったのに。今の会社には入ってまだ二年目なのに。昇給も定期的にされてるし。この前資格を取ったからまた5000円だか3000円だかアップするし。前の会社が酷かったのでそのギャップに驚きを隠せません。年収が倍近くなった・・・・。来年の税金が怖いよ。

収入の面では色々安心できる要素が多くなってきて、仕事自体にも大きな不満は無いです。まあ、目の前の仕事が俺には難しくて困ったり焦ったりってのはしょっちゅうだけど、前の会社のようにそこにいるだけで感じてしまっていた嫌悪感はもうないです。多分自分の中で仕事に対して折り合いがついてるからだと思います。

それはそれで悩み事がひとつ減ったと言っていいんだろうけど、そうするとまた他の悩みというか考えが自分の中に生まれてくるもんなんですね。ちょっと漠然としているけれど、とにかく以前とは比べ物にならないくらい、人として成長するにはどうしたら良いのか、と考え込むことが増えました。

確かに転職は成功だったと思うし、愛する奥さんもいるし、愛犬も元気だし、凄く幸せなんだけど、そうやって人生が前進していくと自分の中で解決していくことが多い反面、わからないことも増えていく感じです。宮本武蔵じゃないけどさ。進めば進むほどわからんことばかり。進めば進むほど自分の小ささに気づいていく。

仕事であれなんであれ、新しい人々と出会った時、未知なる刺激を感じなかったとこはいまだにありません。必ず何かしらわからないことを渡される。相手が単純に尊敬できる人間だとか、軽蔑する人間だとかはこの場合あまり関係が無い。とにかく自分とは違う感性、生き様、行動から受ける刺激とか影響力だとかは若い頃に比べて減るどころか増えている感じがします。

それは何故かというと、以前よりも多少なりとも人生とか人間だとかのコトを学んできて、若い頃よりも見えるものが増えたからなのかもしれない。成長の証なのかもしれない。けど、今の俺はそれを単純に『自分は成長しているな』と素直に喜べないでいます。だって、進めば進むほど人間ってのはますます深くて複雑な生き物だと感じるから。本当に底が見えないから。

けど、その中で掴み掛けているコトがあるのは確か。それは人間同士の関係において自分が憧れる振舞い方に少しだけ近づけるであろう重要な要素になっているモノ。それは『人を信じ、くだらない憶測をやめる』ことです。けど、それを実現させる為に自分の器がまだ及ばない。それは何故なんだろう。何が邪魔をしているんだろうってそこに立ちはだかるモノが何かしばらく考えていました。

そして何となくそれがわかってきた気がします。それは、俺が自分自身をまだ信用しきれていないというコト。常に頭の何処かに『自分ごときが・・・』という考えがあるというコト。それが原因で誰かが俺に褒め言葉やうれしくなるような言葉をかけてくれたとき、『本当にそう思っているのだろうか』という疑問を持ってしまい素直に受け取れないことがあるのです。

それは一見単純に他人を信用できないでいるだけのように見えるかもしれない。単に相手が信用ならない人間かもしれないと慎重に生きているように見えるかもしれない。けど、実はそうではないんです。俺の場合相手はあまり関係ない。他の誰でもない、自分自身のことを信用しきれていない、『俺ごときが他人に好意的に受け入れられるはずが無い』と何処かで思っているからなんだと思います。

仕事が以前よりずっとずっとマシなモノになり、収入も爆発的に増え、自分を頼りにしてくれるパートナーを得たことで、確かにそれ以前に比べれば遥かに自分に自信を持てるようになってる。けど、それもまだまだ完全じゃない。やっぱりまだ何処かに『自分嫌い』や『自分不信』が残っている。今俺はそれを実感しています。

そこを乗り越えなければ多分一歩先には進めない。他人を信じられるかどうかは、自分を信じられるかどうかにかかっているんだろうな。俺は自分を信じられる人間になりたいです。そして、ならなくちゃいけないと思っています。だって、そうじゃなきゃ俺を頼りにしてくれる人に失礼だもの。
テーブル下
メニュー

■雑記

  2007年5月




一個前のページに戻ります。

ホームページに戻ります。

テーブル